2019年、春。胸の高鳴りを抑えきれずに、私は羽田空港の国際線ターミナルに立っていました。初めての海外家族旅、その目的地は美食と温かい人々が待つ台湾。フライト時間は約3時間、あっという間に着くだろうと、期待に胸を膨らませていました。
機内では映画を1本見終えたところで、飛行機はゆっくりと高度を下げ始めました。窓の外には、見慣れない街の灯りが広がっています。台湾桃園国際空港への着陸のアナウンスが流れ、いよいよだと心が躍りました。しかし、ここからが少し長かったのです。着陸してから駐機場に到着するまで、機内アナウンスによれば約40分かかるとのこと。じりじりとした待ち時間、早く台湾の空気を吸いたいという気持ちが募ります。
ようやく飛行機が完全に停止し、シートベルト着用のサインが消えました。周りの乗客が一斉に立ち上がり、荷物を降ろし始めます。私も逸る気持ちを抑えながら、機内モードにしていたスマートフォンを手に取りました。家族や友人への到着報告のため、空港のフリーWi-Fiに繋ごうと思ったのです。
機内モードを解除し、スマホの電源をオンにしたその時、画面の左上に違和感のある文字が表示されていることに気づきました。いつもなら契約している日本のキャリア名が表示されるはずの場所に、「中華電信」とくっきりと表示されているのです。
「中華電信…?なんだろう、台湾の通信会社かな。まあ、現地の電波を拾っているだけだろう」。当時の私は、海外でのスマートフォン利用に関する知識がほとんどありませんでした。そのため、特に深く考えることもなく、その表示を放置してしまったのです。これが、後になって背筋を凍らせる経験に繋がるとも知らずに。
この記事では、私のこの「うっかり」な体験談を基に、海外旅行における「データローミング」の仕組みと、知らなければ誰もが陥る可能性のある高額請求のリスクについて徹底的に解説します。そして、万が一高額請求が発生してしまった場合の具体的な対処法まで、2025年現在の最新情報をもとに、あなたの旅の不安を解消するための全てをお伝えします。

筆者さんみたいにヘマをしないようこの記事を読んで知っておこう!
1.「中華電信」の謎と、忍び寄る高額請求の恐怖
空港の入国審査を終え、荷物を受け取り、ようやく到着ロビーに出た私は、すぐに予約していたホテルへと向かいました。ホテルにチェックインし、部屋に入ってまず行ったのは、スマートフォンのWi-Fi設定です。パスワードを入力し、無事にホテルのWi-Fiに接続できたことを確認して、一息つきました。
そこで、ふと機内で見た「中華電信」の表示を思い出し、何気なく検索窓に「海外 スマホ 中華電信」と打ち込んでみました。検索結果として表示された記事の見出しを見て、私は言葉を失いました。
「海外旅行で高額請求!データローミングの罠」

血の気が引くとは、まさにこのことでした。記事を読み進めると、海外でスマートフォンのデータローミングをオンにしたままデータ通信を行うと、日本の携帯キャリアが提供する定額プランの対象外となり、法外な通信料が発生する可能性があるというのです。その仕組みは「国際ローミング」と呼ばれ、私のスマホが「中華電信」の電波を掴んでいたのは、まさにその国際ローミングが開始されていた証拠だったのです。
慌ててそのスイッチをオフに切り替えましたが、時すでに遅しかもしれないという絶望感に襲われます。空港に到着してからホテルに着くまでの間、一体どれだけのデータ通信が行われてしまったのか。地図アプリを開いたり、メッセージアプリがバックグラウンドで何かを更新したりしていなかっただろうか。頭の中は、数十万円の請求書のイメージでいっぱいになりました。
幸いなことに、私の場合は悲劇を免れました。普段から、データ通信量を節約するために「Wi-Fiに接続されていない時は、アプリの自動更新をオフにする」「バックグラウンド更新を制限する」といった設定を徹底しており、何よりWi-Fiに優先的に接続する癖がついていたため、意図しないデータ通信がほとんど発生しなかったのです。結果的に、後日届いた請求書に追加料金は発生しておらず、胸をなでおろしました。
しかし、これは本当に幸運なケースでした。もし私が、設定を気にしないタイプで、空港からホテルまでの移動中に地図アプリを常に表示させていたり、動画を少しでも再生したりしていたら、どうなっていたでしょうか。楽しいはずの初めての台湾旅行は、悪夢に変わっていたに違いありません。
2.なぜ高額に?「データローミング」の仕組みを理解する

私の失敗談を読んで、「なぜそんなに高額になるの?」と疑問に思った方もいるでしょう。ここでは、その根本的な仕組みについて、誰にでも分かるように解説します。
国際ローミングとは?
まず、海外で日本のスマートフォンが通話や通信ができるのは、「国際ローミング(International Roaming)」というサービスのおかげです。これは、あなたが契約している日本の携帯キャリア(ドコモ、au、ソフトバンクなど)が、海外の現地の通信会社(私の場合は台湾の「中華電信」)と提携契約を結んでいるために実現します。
つまり、あなたのスマホは海外にいる間、提携先の海外キャリアの基地局の電波を「間借り」して、通信を行っているのです。この「間借り」には当然、利用料金が発生します。
データローミングが高額になる理由
問題は、通話ではなく「データ通信」、つまりインターネットの利用です。 日本国内であれば、多くの人が「データ容量〇〇GBまで使い放題」といった定額プランに加入しています。しかし、この定額プランは、あくまで日本国内の自社回線を利用した場合の料金です。
国際ローミングを利用して海外でデータ通信を行う場合、この国内向け定額プランは適用されません。提携先の海外キャリアの回線を利用するための「従量課金」、つまり使った分だけ料金が青天井で加算されていく仕組みになっていることがほとんどなのです。
2025年現在、各キャリアは海外向けの定額サービスを提供していますが、それも自分で申し込まなければ適用されない場合が多く、何も知らずにデータローミングをオンにしてしまうと、非常に高額な「素の」従量課金レートで請求されてしまうリスクがあるのです。
【表1】2025年 主要キャリアの海外データ利用サービス(例)
| キャリア名 | 海外向け定額サービス(一例) | サービス未申込時の従量課金(参考) | 特徴 |
| NTTドコモ | 世界そのままギガ / 世界ギガし放題 | 最大2,980円/日 | 利用開始操作が必要。対象国・地域が広い。 |
| au | 世界データ定額 | 490円/24時間~ | 事前予約や利用開始操作が必要。 |
| ソフトバンク | 海外あんしん定額 / 海外パケットし放題 | 最大2,980円/日 | 定額対象国なら自動適用される場合もあるが、設定確認は必須。 |
| 楽天モバイル | Rakuten最強プラン | 海外指定67の国と地域で2GB/月まで無料 | 無料分超過後は1GBあたり500円でチャージ可能。対象国以外では高額になるリスクあり。 |
注意:上記は各キャリアのサービスの一例です。料金や条件は頻繁に改定されるため、渡航前には必ずご自身の契約キャリアの公式サイトで最新情報をご確認ください。
この表を見て分かる通り、楽天モバイルのように海外利用に強いプランも登場していますが、それ以外のキャリアでは、自分で意識して海外向けプランを申し込むか、利用開始の操作をしない限り、高額請求のリスクは常に存在します。
3.高額請求を100%防ぐ!渡航前にすべきスマホ設定と準備
私のよう経験をしないために、海外旅行に出かける前に必ず行うべき設定と、賢い通信手段の選び方について具体的に解説します。
【最重要】データローミングは必ず「オフ」にする
何よりもまず、これだけは覚えてください。海外に到着したら、あるいは日本を出発する飛行機に乗る前に、スマートフォンのデータローミング設定は必ず「オフ」にしてください。
- iPhoneの場合
- 「設定」アプリを開く
- 「モバイル通信」をタップ
- 契約しているSIMのプランをタップ(例:「主回線」)
- **「データローミング」のスイッチが白色(オフ)**になっていることを確認する
- Androidの場合(機種により若干表現が異なります)
- 「設定」アプリを開く
- 「ネットワークとインターネット」→「モバイルネットワーク」などをタップ
- 「ローミング」または「データローミング」のスイッチがオフになっていることを確認する
「機内モード」の賢い活用法
飛行機に乗る際の「機内モード」は、海外滞在中も非常に役立ちます。 「機内モードをオン」にした状態で、Wi-Fiのスイッチだけをオンにするのが、最も安全で確実な運用方法です。
この設定にすれば、電話回線やモバイルデータ通信といった全ての電波を完全に遮断しつつ、ホテルやカフェ、空港のフリーWi-Fiのみを利用することができます。これなら、意図せずデータローミングに接続してしまう可能性はゼロになります。
要注意!意図しないデータ通信を防ぐ設定
データローミングをオフにしていても、思わぬところでデータ通信を使ってしまう「隠れた設定」が存在します。以下の設定も見直しておきましょう。
- Wi-Fiアシスト / ネットワーク自動切り替え: Wi-Fiの電波が弱い時に、自動でモバイルデータ通信に切り替えてくれる便利な機能ですが、海外ではこれが命取りになります。渡航前に必ずオフにしておきましょう。
- iPhone: 「設定」→「モバイル通信」の一番下にある「Wi-Fiアシスト」をオフ
- Android: 「設定」→「Wi-Fi」→詳細設定などから「ネットワーク自動切り替え」をオフ
海外での快適なインターネット手段
では、データローミングをオフにした状態で、どうやって快適にインターネットを利用すれば良いのでしょうか。2025年現在、主に3つの選択肢があります。
【表2】海外でのインターネット利用方法 比較
| 方法 | メリット | デメリット | こんな人におすすめ |
| 海外用Wi-Fiルーター | ・複数人でシェアできる< ・スマホの設定が簡単・PCやタブレットも接続可 | ・ルーターの持ち運びが必要 ・充電が必要 ・受け取りと返却の手間がある | ・グループ旅行や家族旅行 ・複数のデバイスを使いたい人 |
| 物理SIMカード | ・比較的安価なプランが多い・荷物が増えない | ・SIMの入れ替えが手間 ・日本のSIMを紛失するリスク ・SIMロック解除が必要な場合がある | ・SIMの扱いに慣れている人 ・長期滞在する人 |
| eSIM | ・オンラインで即日開通 ・SIMの差し替え不要 ・物理SIMと併用可能 ・荷物が増えない | ・比較的新しいスマホしか対応していない・一度設定すると他の端末に移せない場合がある | ・対応スマホを持っている全ての人 ・手軽さを最優先したい人 |
2025年現在、**最もスマートで主流な方法は「eSIM」**と言えるでしょう。渡航前にオンラインでプランを購入し、送られてきたQRコードを読み込むだけで、現地の回線が使えるようになります。SIMカードを物理的に入れ替える必要がないため、日本のSIMを紛失する心配もありません。
4.もし高額請求が発生したら?冷静に対処する3つのステップ
万全の対策をしていても、人間誰しもミスはあります。もし、私のように設定を間違え、帰国後に高額な請求書が届いてしまったらどうすれば良いのでしょうか。パニックにならず、以下のステップで冷静に対処してください。
ステップ1:請求内容の詳細を徹底的に確認する
まずは、請求書やキャリアの会員専用サイト(My docomoなど)で、「いつ」「どの国で」「どれくらいのデータ量」**を使ったのか、詳細な利用明細を確認しましょう。高額請求の原因となっている通信が、本当に自分の利用によるものなのかを正確に把握することが、交渉の第一歩となります。
ステップ2:携帯キャリアのカスタマーサポートに即時連絡する
詳細を確認したら、すぐに契約している携帯キャリアのカスタマーサポートに電話をしてください。その際、正直に状況を説明することが重要です。
- 「海外渡航が初めてで、データローミングの仕組みをよく理解していなかった」
- 「意図しない通信であり、気づいてすぐに設定をオフにした」
- 「請求額が高額で、支払いが困難である」
このように誠実に伝えることで、キャリア側も事情を汲んでくれる可能性があります。キャリアによっては、高額請求者向けの救済措置として、後から海外向け定額プランを適用してくれたり、請求額を減額してくれたりするケースが実際にあります。決して諦めずに、まずは相談することが肝心です。
ステップ3:公的機関に相談する(最終手段)
キャリアとの交渉がうまくいかなかった場合、次の手段として公的な相談窓口があります。
それは、総務省が管轄する「電気通信消費者相談センター」や、お近くの「消費生活センター(消費者ホットライン「188」)」です。
これらの機関は、通信サービスに関する消費者と事業者間のトラブルについて、中立な立場で相談に乗ってくれます。法的な強制力はありませんが、専門の相談員が今後の対応についてアドバイスをくれたり、場合によっては事業者への「あっせん(話し合いの仲介)」を行ってくれたりすることもあります。キャリアに「公的機関に相談します」と伝えるだけでも、態度が軟化する可能性があるため、最後の砦として覚えておくと良いでしょう。
おわりに:正しい知識が、あなたの旅を自由にする
私の台湾旅行でのヒヤリとした体験談から、データローミングの仕組み、予防策、そして万が一の対処法までご紹介しました。
結論から言えば、データローミングは、決して「悪」ではありません。緊急時に地図を見たい、どうしても連絡を取らなければならないといった場面では、非常に頼りになるサービスです。重要なのは、その仕組みと料金体系を正しく理解し、自分の意思でコントロールすることです。
海外旅行におけるスマートフォンの役割は、年々大きくなっています。地図、翻訳、情報収集、予約確認、そして美しい思い出の記録。これら全てを、スマートフォンの小さな画面が可能にしてくれます。
だからこそ、通信に関する正しい知識を身につけ、事前の準備をしっかりと行うこと。それこそが、高額請求の不安からあなたを解放し、旅の自由度を最大限に高めてくれる鍵なのです。
この記事が、あなたの次の海外旅行を、より安全で、より心に残るものにするための一助となれば、これほど嬉しいことはありません。
参照文献
- 総務省, 「海外での携帯電話・スマートフォンの利用に関する注意喚起」, 総務省公式サイト, https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/top/faq/mobile_kaigai.html, 閲覧日:2025年8月10日
- 独立行政法人国民生活センター, 「スマホの海外利用、高額請求に注意!-海外パケット定額サービスでも、設定によっては高額になることも-」, 国民生活センター公式サイト, https://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20170803_1.html, 閲覧日:2025年8月10日
- 株式会社NTTドコモ, 「海外でつかう・海外へかける」, NTTドコモ公式サイト, https://www.docomo.ne.jp/service/world/, 閲覧日:2025年8月10日
- KDDI株式会社, 「海外で使う(世界データ定額)」, au公式サイト, https://www.au.com/mobile/service/global/world-data-flat/, 閲覧日:2025年8月10日


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